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camellia の日記の時間

日記や思うところなど日常の何かを書いています。

camellia の日記の時間 は kisaragi-mint の日記へ移行しました。

不謹慎でもいいじゃない

いろいろ

大勢の人が亡くなると追悼しますね、秋葉原通り魔事件とか東日本大震災とか。なんとも偽善的だよなーと思うのです。

どうして彼ら彼女らばかりが追悼されるのでしょうか。日本中、世界中で不本意な死を遂げる人達は他にも沢山います。まぁきっとその地元とかでは誰かが追悼しているのでしょう。そう、それぞれが自分の手の届く範囲で追悼の意を形にしているのです。でもほら、なにも献花することばかりが追悼なんじゃなくて、死者を追悼するなら手を合わせるとか黙祷するとかその場に行かなくてもできるんですよね。なのにそれをしている人なんていないんじゃないかなぁ。これは僕の想像とか憶測とかそんなものに過ぎないのですが、でもそうなんじゃないですかね。で、まぁそうだとするなら、じゃぁ近場に献花するだけの人はどういう原理で追悼しているのかと言えば「なんとなくそんな気分になったから」でしょう。なんだそれ。野良猫に餌をやるような感覚で追悼しちゃうのか。それ自己満足でしょう。いや、自己満足がわるいわけじゃないですけど「自己満足のために人の死を利用するのはやめろ」と言いたい。

まぁそんなワケで僕なんかは世界中で不本意な死を遂げた人をいちいち追悼したりするのは面倒でやってらんないんですよ。要は、僕は他人の命や死に対して面倒で追悼しない程度の価値しか見出していないんですよ。だから僕にとって他人の生き死になんてホントにどうでもいいんですね。

で、大方の人が同じ程度の価値しか見出していない、または自己満足の道具にするくらいぞんざいに扱っている事柄ですから、それについて揶揄したりネタにしたとしても何が不謹慎なのか分からない

そりゃまぁ追悼して自己満足している人にしてみれば、その対象をネタになんかされたら気分がわるいのかもしれませんが、いやそれ逆に自己満足のために尊い命を蔑ろにする彼らの追悼という行為が僕の気分をわるくしてますよ。てゆーかその不謹慎な追悼ごっこやめろ

このあたり矛盾して聞こえるかもしれません。「価値を見出していない」くせに「尊い命」とか。そこはそれ個人の価値観と社会的責任とか人としての道義の関係とでも言うんでしょうか。僕の感覚とは別のところで、命というのは尊重されて尊ばれるべきでしょうね。

とゆーようなワケで僕としては誰かの不本意な死を「無駄死に!www m9(^Д^)プギャーwww」とか言っちゃうのは平気なんですよね。まぁ僕じゃない誰かが公の場でそういうこと言ってるの見かけたらびっくりするし「不謹慎な行為と呼ばれるやつだな」とは思うんですけど。

まぁまぁもちろん実際に「無駄死に!www m9(^Д^)プギャーwww」って言うことはないんですけど、ただまぁ世間的に追悼な流れになってるのを見かけると滑稽だから、それを揶揄していわゆる不謹慎な発言とかしたくなるんですね。

滑稽ですよ、自己満足してる本人達はそのことに無自覚で、そしてなんだか厳粛な気分に浸っているんですから。

こんな考えしてると「精神が幼稚だ」なんて評価されるのかもしれませんが、しかし僕は物事の本質や真理を考えないで感情的・感覚的なものに流されることが成熟した精神だとはとても考えられないですね。

小説を書くのに最適な環境

いろいろ

ネット小説を書いていますとゆーことなんですが、小説を書くのにアウトライン・プロセッサが最適なんじゃないかと考えたのです。プロットから本文を起こす作業をするのに、アウトラインでプロットを書いて並び順とか考えて、そこに本文で肉付けすれば全体を把握しつつ計画的に書けるんじゃないかと。

で、そのアウトライン・プロセッサを探したのですが満足の行くものがありません。とゆーかアウトライン・プロセッサの需要がない感じです。

仕方ないので手元の EmEditor のアウトライン機能で代替して書いてみることにしました。

それでまぁ書いてみたのですが、上手く行かないのです。何が上手く行かないかって、アウトラインをいじっていると脳のシステマチックな部分ばかりが働いて文学的なことを考えられないんですね。これじゃ本末転倒です。

そんなワケで僕にとって小説を書くのに最適な環境はプレーンなテキストエディタだと言うことが分かりました。結局のところ EmEditor のアウトライン機能を使わないでフツーに書くんですけど。でもホントはちょっとアウトライン機能を使ってるんです。一話ずつファイルを分けるのではなく、全話同じファイルに記述することにしたので、一話一話をアウトラインで分けるようにすると便利ですね。目次みたいになるし。

はぁどっとはらい

ネット小説を書いています

近況

ネット小説を書いています。まぁネットに上げていないのでネット小説じゃないのですがネット小説向けの書き方(のつもり)なのでネット小説なんです。

最近ネット小説に飽きてきた(?)みたいなところがあるのです。読むのに飽きたって感じですね。そもそも書籍や Kindle本ラノベを気に入って読んでいたのですが先立つものがなく、困ったなーってところでネット小説なら無料じゃん!と気付いたんですね。で、ネット小説をありがたく読ませていただいていたのですが思うところが出てきたのです。

まずは好みのタイトルが少ないのが不満ですね。無料だからって気持ちが大きく我儘になった感があるのですが、それにしてもニートの僕には毎日 20 時間くらいヒマがあります。まぁ簡単な話、ヒマな時間に対して文章量が足りないワケですね。

それから色々と読み漁って気に入らない度に思うのです。自分にはもっと好きになれる作品が存在するはずだってね。自分の好みに合った作品を求める気持ちが強くなったのです。

そんな僕の希望を叶える最もスマートな方法。それが自分で書くなワケですよ。んー、発想力がないとか文章力がないとか色々問題はあるかと思うんですけど。いーじゃんそれは、どーせ書いてればヒマが潰れるのだし、誰に読まれる必要があるわけでもないんだし。

あ、それとネット小説を書くのって、とってもとっても楽しいことがあるんです。小説を書いてる間は中二病を好きなだけ患えるってことですね。最強の俺設定みたいなのを大手を振って考えられるんですよ。わー!すっげー!

さて、思い通りにネット小説をロールアウトできたとして、僕はその作品を誰にも教えませんよ。いえいえ恥ずかしいからじゃないです。ほら、有名になって発言力が大きくなったら困るでしょ?

いじめを無くすのに本当に必要なこと

いろいろ

いじめを無くすことをテーマに話をする祭など、しばしばいじめられる側の気持ちを強く訴えることが多いように感じます。しかしこれってどれだけの意味があるんでしょうか?

そういった話を聞くにつけ分かるのはいじめられるのは嫌だということでしょう。でもそんなことって何度も言われなくても分かることですし、逆に何度言われてもホントに理解することなんてできないでしょう。まぁせいぜい同情するくらいじゃないですかね。

僕が重要だと考えるのはいじめる側の心理をいじめる側に理解させることです。いじめている張本人が自分の心理を分からないことがあるのか? こういうことはある程度年齢を重ねれば当然そうだと理解できるかと思います。いじめに限らず、自分自身の行動の裏側にあるホントの気持ちってのは意外と見えず気付かないでいるものです。それを見つめて素直で真摯に受け止めることで人間的な成長ができるのではないでしょうか。

自分のホントの気持ちを受け止めるのは、これがまたなかなか難しいものです。例えば誰かのやり方が受け入れられないその裏側に強い嫉妬心が隠れている場合など、自分がそんな思いを持っているなんて認めたくなくて、それを指摘されても拒絶してしまうかもしれません。こういったことを自分一人だけで見つけ出して素直で真摯に受け入れるのは更に難しいでしょう。

この難しい作業の手助けをするのが、その人を成長させることにつながるはずです。即ち、いじめの心理の理解を手助けすることでいじめをしない一歩成長した人間に導くのです。

ところで、いじめを無くすよう導くことのできる人というのはどれほどいるのでしょうか。いい年をした大人だって、子供に優しい親だって、実はそれと気付かずいじめをしていることってあると思うんですよ。まぁいじめを実際にしないにしてもいじめる側の心理を持っていると気付かずに生活しているとか。

それは例えば正義で殴るとかいうような言動です。ほんの少しの何気ない言動がいじめの構図を作り上げます。芸能人などの公人が犯罪を犯した時、ワイドショーの取材陣がそれを追い回し、挙句視聴率が取れるように視聴者の反感を招くような言動を誘導する。そしてそのワイドショーをなんとなく見てヒマを紛らわす視聴者。この時の視聴者なんて何をしているわけでもないのですが、ワイドショーの視聴率が取れている内はワイドーショーの取材陣はこぞって対象者を叩くわけで、それは結局のところ視聴者はワイドショーがいじめているところを黙って見ている観衆です。これ、学校でのいじめをなくそうって話をする際に「勇気を持っていじめはいけないと声を上げよう」って教えるやつですよね。教室の 30 人が全国の 30 万人の視聴者になって分かりにくくなっているかもしれませんし、極端な話に聞こえるかもしれませんが、しかし構図は同じです。

上述を含め、僕も同じように、生活の中の思わぬ場所に嗜虐的な気持ちが隠れていることがちょいちょいあると思うのです。あからさまないじめじゃなくても、耄碌してきた母親への当たりがきつくなるとか、会社で無能な奴への扱いがぞんざいになるとかね。

そういう生活の中の嗜虐心を素直で真摯に受け止めるのがどれだけ難しいことなのか。はたまた受け止めたとして実際にいじめのような言動を慎むのがどんなに難しいことなのか。そのことをよくよく理解し、いじめる側の心理と向き合っていじめる側の人を成長させるのは実はとても難しいことなんじゃないかと思います。

と、言うワケで。いじめを無くすのに本当に必要なことというのはいじめを無くす運動をする人が自分自身のいじめの心理と向き合うことではないでしょうか。そういった人達にしてみれば、自分自身にいじめの心理があるなんて認めたくはないのでしょうけど必要なことです。問題というのはその原因を見つけないと解決できないのですから。

プロフィール・サイトが復活しました

いろいろ パソコン/ネット

あちらこちらのウェブサービスの自己紹介とかに URL を書いたままコンテンツを消してしまっていたプロフィール・サイトをやっと復活させることができました。しばらく前に今の状態まで作ってはいたのですが、もう少しコンテンツを増やそうと思って思案にくれたままアップロードせずに放置していました。それでまぁこの度「とりあえずアップロードしとこうぜ」ってことで。

しかし今回とりあえずの完成みたいな感じになったので今後はしばらく何もしない可能性が高いですね。もしかしたら肩の荷が下りて気楽になったところで考えが進んでコンテンツを増やすとかしやすくなるのかもしれませんが、そのあたりはよく分からないところです。

あぁでもアレだ、 Google Search Console に登録したり Google Analytics を設置したりしなきゃいけません。まぁこれは考えることがないので簡単といえば簡単なんですけど、面倒くさいとかってのはなかなか強敵です。

そうそう、当初は WordPress で作ろうかとか考えてもいたのですよ。そーゆーサイトってあるらしいので自分も一度作ってみたいなーとか思ってまして。ただやっぱ面倒ですね。それにさしてコンテンツが多いワケでもないのでテーマに馴染むか分からないですし、変にお洒落なテーマだと気後れしたりやりにくかったりしそうだし。だから結局コードを全部自分で書くことにしました。この際、古い IE なんかは無視する方向で。

と、ゆーワケで需要がどれほどあるのか疑問の残る僕のプロフィール・サイトが復活したのでした。

北斗晶の笑顔が仏顔でやけにありがたかった

いろいろ

先日、居間で映ってるテレビをなんとなく見たら北斗晶が出演してまして、なんやかんやで今は短髪のようですが、やけに笑顔がありがたいなーなどと思った次第です。

この方、実は僕あまり好感を抱いてなかったんですよ。良い人なんだろうなーとは思うんですが、ちょーっと苦手なタイプの性格に感じられてどうにも。見た目もどうも好きになれなかったんですよ。まぁ正直すかんのです。

いやぁしかし短髪にしたらなんだか仏顔って感じで、その笑顔がまたなんだかありがたいのなんのって、そりゃぁもう、ね。見た目の印象が変わったってだけだよなーとは思うんですけど、んー、存在自体の印象が変わりました。少なくとも僕にとって見た目は重要のようです。

こうなるとちょっと好きな芸能人ですから、せっかくですし短髪のままで居てもらいたいです。まぁまぁ僕はテレビ見ないんですが。

TENGA 3D シリーズが短小包茎に優しかった

いろいろ

TENGA 3D シリーズ

しばーらく前に TENGA フリップホールを購入して何度か使用したのですが短小包茎の僕には長すぎます。それに外形が太いし、ちょっと重いのでハンドリングがわるく僕としては短小包茎を抜きにしても使いにくいと感じました。

そこでこの度購入して試したのが TENGA 3D シリーズ です。これは短小包茎の僕にも合った良い製品でした。

まず長さですが、ちんこよりいくらか長いくらい。それでいてフリップホールのように外側がプラスチック部品で固められておらずゲルそのままなので、先っちょを押さえれば底づきまで再現できるのです!

更に軽量で重さをほとんど感じさせず、太さはちょうど握れるくらいだからハンドリングが良いわけですね。

安価で、それでいて繰り返し仕様タイプなのでお財布に優しいですね。

で、今回僕が購入したのは TENGA 3D ポリゴンです。これは、ちんこの皮がだぶついて分厚いコンドームを装着しているような状況で例えば TENGA 3D ゼンのような細かい凹凸は不向きだと考えたからです。しかしこれが当たりだったのかと問われるとちょっと答えに窮するところがあります。購入したポリゴンはとても気持ちよくて、抗うつ薬でイきにくくなる薬を服用しているにもかかわらず良好なイき具合だったので良いのは良いのだと思います。ただ刺激としてはもうちょっと細かいものが良かったかなぁなどと感じています。もしかすると TENGA 3D スパイラルあたりが僕の理想なのかもしれません。

あぁ、それにしてもこの手のおもちゃ。使用後に抜くとき、ちんこの皮が引っ張られてすっかり皮かぶりになっちゃうのがなんとも情けない気分にさせられますね。一応仮性包茎ってつもりなのに勃起してても皮かぶっちゃうなんてプライド的なものがズタズタです (´・ω・`)

書き初めが占った今年の財運

いろいろ 近況

財

書家の友人のあさのもじやに触発されるような感じで書き初めをしました(彼は書いてないようですが……)。何を書こうかなーと考えて、ホントは一年の抱負などにするのかと思うのですが抱負などないので希望を書くことにしました。で、「財貨拾啄(ざいかしゅうたく)」という四字熟語を作ってみました。財貨を拾って啄む(ついばむ)ということで「啄む」は酉年にかけてみました。まぁ要するにお金が欲しいんですね。

しかしどうもいけません。字が、下手で、がっかり。下手な字で四字熟語を書いたら 1 文字の 4 倍の下手感です。ひどい、ひどすぎる。そんなワケで 1 文字だけにしました。

少しはウマく書こうと散々練習してたんですがうまくいかず、はたと思いついたのです、「筆文字フォントを参考にしよう」って。そして発覚したんですね、字を間違えていたってことが。「財の間違いで「言寸」」って書いてました。ざんねぇ~ん! どうやら財を成せないみたいです……。

ところで、筆と墨で書くのが面倒なので筆ペンを買いました。筆ペンならお手軽で簡単に書道を嗜むことができるだろうと。小学生とかの習字の時間みたいに習字道具セットから用意してなんやかんやして書き終わった洗ったり乾かしたりするのってなんだか堅苦しいというか、面倒事がついて回るから字を書くのにもいちいち気負ってしまって面白くないので、もっとカジュアルに楽しむ方が馴染みやすくて結果的に上達しやすいんじゃなかと思うんですね。やっぱ平素からちょいちょい書いていかないと。

まぁ僕が筆文字を書くのは上達するのが目的じゃなくて、筆文字を書くのを楽しむのが目的です。もちろん字が上手な方が楽しいですから上達したいのですが、これは楽しむための手段になりますね。

とは言っても、いやぁ、字が下手だと楽しむどころか残念でどうにも。筆ペンならお手軽簡単に~って、うん、お手軽だけど気に入った文字を書くのは簡単じゃなかったです……。

あぁ、でも筆ペンはそこそこ楽しいですよ。筆と墨汁で書く方がなんだか楽しいのですけど。いやいや筆ペン楽しいから左のリンクから買ったらいいんじゃないかなっ!

年の始めに小銭入れを

欲しい

小銭入れを「くぱぁ」と開いている

今年の晦日になったわけですが、年の始めにはあちらこちらの店に財布が並んでいたものです。実はその時まで知らなかったのですが年の始めに財布を買うと縁起が良いとかなんとか言われているそうで、なぜかどこに行っても財布のワゴンセールをしていた理由はそれだったのですね。

さて、財布といえば僕は小銭入れが欲しいのです。大事な物(クレカとか免許証とか)入れとして長財布、通常の支払いのときに使う二つ折り財布は近年に購入して使用しているのですが小銭入れは 10 年くらい前に買ったものを使っています。それがわるいと言うわけでもないのですが、馬蹄形のそれより「くぱぁ」って開くのが使いやすいかなーなどと考えている次第です。

それにしてもお金を入れる財布が二つもあるって面倒なんじゃないかという話はでてきそうなところです。まぁ面倒か面倒じゃないかで言えばちょっと面倒なんですが、しかし二つ折り財布が膨らんでみっともなくなることを防ぐ意味で必要かなとか思います。ただ、支払いの時に受け取る小銭をいちいち小銭入れに入れる必要はないのです。それは二つ折り財布に入れれば良いのです。そのあと増えすぎた小銭を小銭入れに移すことをスキを見つけてするんですね。で、小銭入れで増えすぎた小銭は自宅の小銭用貯金箱的なやつに放り込むと。そんな具合です。

ところで財布のメーカというかブランドというか、僕としてはポール・スミスは好みじゃないんですね、実は。流行りのはイヤですし、おしゃれ感より質実剛健な感じで行きたいのです。で、そーいったあたりで選ぶと僕はホワイトハウス・コックスが良いです。二つ折り財布もここのなんですけど。ただまぁここにリンクを張る段になってみるとマーケットプレイスで在庫 1 とかなっててリンク切れになるのも面白くないな―ってことで次点のポール・スミスにしました。他にもメーカあるだろって気がしないでもないのですが、この「くぱぁ」なやつがなかなかないんですよね、 Amazon には。ユナイテッド・アローズに OEM 提供してるっぽいのでそれでも良いのですが、なんだか Amazon の商品ページを見ると内側の写真がなくて、下手にだっせぇブランド印とかあったらイヤなので放っておきます。

と、ゆーワケで小銭入れ欲しいなって話ですが、例によって例のごとく金欠なので変えません (´・ω・`)

「千剣の魔術師と呼ばれた剣士」について紹介と感想

書籍紹介

小説家になろうで読んでいる「千剣の魔術師と呼ばれた剣士」について紹介と感想です。読者が増えるといいなーとか思いつつ。

話は剣と魔法のファンタジー、ハイ・ファンタジーとか言われる話に属するでしょうか。
どうやら転移もののようですが物語の始まりは転移から約 1 年後から始まっているようで、当面は転移自体の話はなく、また転移の影響は主人公の反則級(話中では「規格外」という表現はありますが「チート」という単語はありません)の能力のみのようです。ただ転移に際してなにやら事情があるようでそのことが物語の根底に深く関わってきそうな雰囲気を匂わせています。
また、ありがちなゲーム的に能力を数値で表現するようなところはなく、スキルがどうのと言うこともありません。そういった点が「純ファンタジー」というような作品になっています。

ギャグ補正とかギャグに近い奇想天外な話の流れなどはなく、どこか真面目っぽい雰囲気がありますがキャラクターの性格や言動は個性に富んでいるので、そのことが物語に華を添えるようにして楽しさにつながっているのではないでしょうか。

世界観や設定について、どこか独特のものを持っているようですがそれは不自然ではなく自然と受け入れられるそれが個性や持ち味として物語の基礎をしっかりと支えているように感じさせられます。

恋愛要素はないですね。ちょっとは色っぽい話があってもいいなーと思うのですが、そこはまぁこういう作品ということで理解するしかありません。

そうそう、エルフとか獣人とかも出てきません。後々どうなるのかは分からないのですがそーゆーのはいない世界なんだと思います。そういう点はファンタジーの幻想的な世界観のようなものは登場しないのでしょう。

その他作品の世界を紹介するにはまだまだ色々と書く必要があると思うのですがとりあえずこんなところで。

感想としてはどうでしょう、まぁ話はまだまだ途中なので読書感想文みたいな話はできないかなーと思うのですが、ちょっと感じるところなど。

後々に縁がないと言うかさして友好的な関係で別れていない登場人物などいて、まぁちょっと深く付き合うモブみたいな人たちが居たりするのですが、そう言った人たちにも名前があって、そうすると後々関わりがあるとか伏線になっているとかと言うように読んでしまうのですが、感じからしてそうはならない人がけっこういるっぽいです。なのでそういう人たちと別れてしまって関係がなくなるとなんだか肩透かしを食らったような気分になりますね。後はそーゆー一時だけの付き合いの人がけっこういるとなると主人公が付き合う範囲がわりと狭いように思います。それがリアリティってものだとも思うのですがなんだかランドスケープ感がなくて狭苦しいでしょうか。この点は残念です。

そう言えば数少ない主人公の身内である登場人物で物語全体に深く関わってくるんじゃないかと感じさせられる、と言うかそうあるべき人も思いのほか物語の本筋に関わることがなくて不思議ですね。このことも主人公の活動範囲を狭く感じさせる要因ではないでしょうか。なんだろう、これもとても残念です。

えーっと雲行きが怪しくなってきましたね……この作品は面白くて推しているからこそのこの記事なんですが、あれー? 書いてるうちに残念なところが如実に見えてきてしまいましたね。困ったな。えーっとえーっと、面白いんですよ、面白いんですけどねl……何がそんなに面白いのか分かりません。ウソは書けないですし……あー、もうしばらく読んでたら何か分かるかもしれませんね。じゃぁこの話はここまでってことで。

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パソコンはみんな複数持ってるのがよいと思う

パソコン/ネット

高評価なパソコンの販売ページへのリンクを象徴する画像

パソコンが壊れたという話はしばしば見かけるのですが、そのなかでもパソコンを 1 台しか持っていないことが多いように感じます。まぁそれはフツーなんだと思うのですが、僕からしてみると怖い状態です。

その 1 台が壊れたらどうやって直したらいいんでしょう。もしパソコンに詳しくないならググって調べないといけません。これについて近年はスマホで調べられますからまだ大きな問題にはならないかもしれません。しかし例えば Windows 10 のインストールデータをダウンロードするとか、壊れた方のストレージからデータを復旧するとか、そういったことは複数台のパソコンが必要なことです。

ところで話は変わりますが、マザーマシンという言葉があります。機械を作る機械のことですね。マザーマシンがないと機械を作り出すことができません。ではマザーマシンを作るのは何でしょう? やはりマザーマシンを作るのもマザーマシンです。

最初は人の手で作られた機械がマザーマシンになったのでしょう。そしてその人の手で作られたマザーマシンから、同じ役割をするマザーマシンを人の手で作るより精度良く作るのです。こうしたことが長い年月をかけて続けられて現在に至り、あらゆるマザーマシンが同じくマザーマシンから高精度に作り出されるようになりました。そして今ではマザーマシンを人の手で作る技術は失われているのかもしれません。

さて、これと同じようなことが自宅のパソコン環境にも言えるのではないでしょうか。要するにパソコンが 1 台しかない状況は、マザーマシンが 1 台しかない状況に近いということです。そんな中でマザーマシンが壊れてしまったら……マザーマシンを作るマザーマシンが失われることになります。なんて危機的な状況なんでしょう!

パソコンだと、パソコンの調子を見るのもパソコンなら、パソコンの調整や修理をするのもパソコンです。

ほら、もうパソコンが 1 台なんて不安でしかなくなりませんか?w

まぁパソコンが壊れたらお手上げで修理に出すしかないって人には関係ないのかもしれません。スマホで修理屋さんを調べて連絡するだけですから。でもパソコンが必要不可欠な状況にある人にとって、いくらかは自分で修理するなどできた方が良いのは確かでしょう。自動車で言うならエンジンオイルの状態を確認したり、ウォッシャー液の残量を確認したり、スタッドレスタイヤに履き替えたりできるのが理想です。可能ならエンジンオイルとかオイルエレメントとか自分で交換できるのがいいじゃないですか。それは単に費用を浮かせられると言うようなことではなく、トラブル発生時の対応力が大きく変わってくるからです。

ゲーミングコンピュータの販売ページへのリンクを象徴する画像

それにしてもパソコンを複数台なんて高価だし変えないとかムダ使いだとかという声はあるかもしれません。でも中古ならとても安く購入することができるのです。ヤフオク! の Windows ノートを即決価格 25,000 ~ 35,000 円で探してみると、ほんの少しだけ古くなっただけのパソコンがいくらでも見つかります(見てるとムダに欲しくなってきます……)。可能ならメモリの増設くらいはしたいところですけどね。

中には性能的に新しいのに難ありで安くなっているようなキワドい商品もありますが、ちょっと気をつけて選べばとてもお買い得ですね。いっそ新品のパソコンなんて不要なのかもしれませんよ。

と、言うことで 1 台しか持っていないという人はこれを機にもう 1 台どうしょうか?

オナニーにお金かけるの虚しいけどワクワクする

いろいろ 欲しい

先日フリップホールを購入して使用してみました。製品ページなどにサイズが記述されていますので自身のちんこサイズと慎重に比較してみれば僕の短小包茎ではどうも長さが足りないらしいっぽいことは分かるんですけど、でも実際使用してみないとどんなものか具体的に分からないワケで、そこには希望を込めた前のめりの決断があったのです。

で、まぁどうにも長さが足りないんですね。いや一応は突っ込んでピストンできるしそれで気持ちいいのは気持ちいいのです。でも製品の使用方法として紹介されている、握り込んで使用感を調整するというのがウマくいきません。なんか握り込んだらすっぽ抜けちゃうみたいな。すっげー残念ですね (´・ω・`)

ダビデ像の股間の画像

ダビデ像のちんこのサイズくらいはあるつもりなんですけど、古代ローマ人ってちんこが小さかったんでしょうか? それともアレって小さく作ってあるとか? いやまぁ、何を言っても仕方ないのでどれだけ楽しめるのかって考えたほうが建設的ですね。

さて、大人のおもちゃを手に入れたら次は精液を増やしてイったときの快感を大きくするのなんてステキですよね。そうなると亜鉛とタンパク質の摂取でしょうか。ここはエビオスプロテインですよね。これであの快感がさらにっ! って期待が高まるんですけど冷静になってみると「オナニーにそんなお金かけるのか」なんて空虚な気分になってしまいます。

いやね、オナニーをそれなりの時間楽しめる人はいいと思うんですけど、僕なんか早漏なんでイくまで直ぐなんですよね。そりゃまぁ擦ってる時間が短いならせめてイってるときの快感を、とかなりそうですけど、でも沢山出たとしてもやっぱ数秒じゃないですか。数秒ってか 2 秒くらい? どーも、釈然としないですね。それにサプリって完全に消耗品ですし。(フリップホールも消耗品ですけど)

まぁまぁまぁ、なんだか虚しさがないでもないのですけど、でも貧乏家庭でニートしてる引き篭もりの僕にとってはオナニーは日常的なエンターテインメントとして重要な位置を占めるのは確かです。物は試しで買ってみようかなl……

寒いのでスポーツタイツ欲しいです

欲しい

しばしば冬の女子高生を指して「こんなに寒いのにあんな短いスカートなんて!」とか言うのを聞きます。まぁ僕なんかはいつでもミニのプリーツスカートってのは良いものなんですが、それはさておき。

我々は女子高生のことをそんなに言うことができるのでしょうか? 考えてみると男性など特に真夏も真冬もたいして変わらないズボンをはいてますね。言ってみればみんな真冬に真夏の格好をしているんです。絶対値として涼しい・寒いのはミニスカートでしょうけど、比較して見るならみんな女子高生と変わりません。

そんなワケで僕は真冬に真夏の格好をするのはやめてももひきをはきたいのです。しかしここで大きな問題が。僕はちょーーっとだけ体重が多くて妊婦みたいになっているので股上の深い(お腹も冷えるからカバーしてれるわけですね)ももひきはウマくはけないのです。で、これを解決してくれるのが保温機能のあるスポーツタイツです。スポーツタイツは体の動きをさまたげないように股上は浅いと言うか、フツーのズボンと同じです。それに機能性重視でしょうから「きっと」温かいのでしょう。

とゆーことで左上みたいなスポーツタイツが欲しいのです。はぁしかしここのところいろいろとお金使っちゃっていつもの如く金欠なので、さぁ、どうにも耐えられないくらいになるまで買わないっぽいです。でも、ゆーても耐えられないことなんてなくて、毎年寒い寒い言いながら越冬してるワケですから、うーん、結局買わないまま春を迎えるんでしょうかねぇ……

パクツイという概念はナンセンス

パソコン/ネット

Twitter で「あ!パクツイだ!」って思うときがあるんですが、ちょっと冷静になってみると「ツイートの時間を確認しないといけないなー」などと気づきます。

しかしです。更に考えてみればそもそも両方パクツイの可能性もあるワケです。そうなると Twitter 検索してオリジナルのツイートを探し出すのではないとはっきりしないことが分かります。

しかし、しかしです。そもそものそもそも、 Twitter でのツイートがオリジナルなのかどうか分からないのです。もしかしたら某掲示板からパクって来た可能性だってあるのですから。

で、ここまで来るともうパクツイを確認するのは事実上不可能な場合も多々あるのではないでしょうか。だから逆に「パクるのはとても簡単で、それ確認するのはとても難しい」というインターネットの性質を前提にして考えるなら、パクツイという概念自体がナンセンスと言うこともできるんじゃないかと思います。

現状のコンピュータ、インターネット技術では上記のようにコンテンツのオリジナルを明示的に確認することができないのですが、将来それが可能になるかもしれません。例えば、あらゆるコンテンツがインターネット上のアカウントと紐付けられて、コピーはあくまでもコピーとして扱われるような環境が実現するかもしれません。そうするとパクツイはパクツイとして忌み嫌われるのが健全なインターネットのように思われます。

であるとするならば、パクツイをパクツイとして忌み嫌う風土を残しておく必要があるのではないでしょうか。

そういった点において現状でパクツイという概念がナンセンスだからといって完全に諦めてしまうのも問題なのかもしれません。ただ、とは言え現状でパクツイを確認するのがとても困難であることに変わりはなく「じゃぁどうするんだ」という話になります。このあたりが難しいところではないでしょうか。

僕にはどうしていいのかよく分かりません。まぁ誰かが気にしていてくれるでしょうから、おまかせして僕は気にしない方向で行くことにしていますが。

退屈の苦しさ

うつ病

退屈は地獄です。退屈を理由に死にたいなどと言えば何を言っているんだと思われるかもしれませんが、何にもまったく興味がなく何にもまったく心が動かされることのない状態でただただ時間が経過するのを待つのはとても苦しいのです。

僕はうつ病患者で、特に不定形うつ病と呼ばれる一般的なうつ病の症状などとは異なるちょっと厄介な病気です。その僕は、詳細は省きますが、暴れたことが原因で精神科病棟に入院していたことがあります。暴れたのは気持ちが高ぶりすぎたものですが、基本的には無気力無関心などが症状です。それまで通院していたクリニックとは異なる処方の投薬で極度の無気力無関心状態の入院生活でした。

インターネットにアクセスできればまだ良かったのです。無気力なら無気力なりに Twitter のタイムラインでも眺めていればそれなりに時間を過ごすことができるので。しかし病棟にある娯楽といえばテレビくらい。僕は元々テレビにはまったく興味がなく、見ていると苦痛で暇つぶしにもなりません

また不眠症もひどく、そのうえ担当の医師は僕に効果のある睡眠薬を処方してはくれませんでしたので眠って退屈を回避することもできなかったのです。

そんなワケで僕はただただぼうっとして過ごすしかなく、それはすなわちただただ退屈な時間を過ごすことです。僕の病気の性質から無気力無関心で居る時間はそれまでも沢山ありましたが、入院している間の適切な処方の投薬がなされず極度の無気力無関心状態で眠ることもまともにできず過ごす時間のつらさは比べ物になりません。その頃はずっと自殺を考えていました

退院させて欲しくて自宅に電話し、泣いてお願いしていました。どうやら医師から許可が出ないと退院させてもらえない仕組みだったようで意味のない懇願だったようですが。

まぁこれはうつ病の苦しみと同じく経験した人にしか分からない、想像することすらできないものなんだろうとは思います。そういった意味で僕がどんなに書き綴ったところで何も伝わらないだろうとも思うのですが、周囲に同じような状況の人がいれば「どうやらそう言うことらしい」と理解を示してあげて欲しいと願うものです。また、同じ状況の当人にとって「同じ状況の人間が他にもいる」と知れるのは多少の慰めくらいにはなろうかと思います。

願わくばみんな楽に過ごせるようになればいいなぁ。