camellia の日記の時間

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有名人に敬称をつけるか否か

有名人に敬称をつけるか否かについて線引きするなら本人の耳に入るか否かではないでしょうか。本人の耳に入らなければ呼び捨ててもかまわないのです。

これは僕の推測ですが、ほとんどの人はそうしているんじゃないかと思います。考えてみれば『キリストさん』とも『孔子さん』とも『坂本龍馬さん』とも言いません。昭和になって『湯川秀樹さん』なども言いません。これは本人の耳に入らないからそうしているのだと考えることが可能です。

(テレビ番組などでは本人の耳に入らないと言っても『石原裕次郎さん』などと言ったりしますが、これはファンに対する心遣いと考える方が自然ではないでしょうか。)

ところで、こう言った古い人物の人格は薄らいでいくと考えることができます。人格が薄らいで記号的な存在に変わっているのです。人格のない記号で、人物ではなく物に近い存在だとすれば敬称をつけないことは自然だと言えます。これは「本人の耳に入らないから」と言うのとは異なるように感じますが、記号だから本人に気遣いする必要がない、すなわち本人の耳に入らないからに他なりません。

さて、ここまで何度も『本人の耳に入るか否か』と書きましたがホントは少し違うと思います。本人を気遣うのではなく、敬称は読んで字のごとく敬意を払うことです。ここで敬意を払う対象を周囲にも向ける必要があるのではないでしょうか。周囲に敬意を払うならその意を尊重して呼び捨てて誰かが不快にならないよう適宜敬称をつけるのが望ましいのではないかと思います。

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