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camellia の日記の時間

日記や思うところなど日常の何かを書いています。

camellia の日記の時間 は kisaragi-mint の日記へ移行しました。

生きる意味と僕の話

いろいろ うつ病

生きる意味」とか定番な感じの言葉ですが僕は「何いってんだかよく分かんないなー」とか思ってました。あまり興味がなかったということでしょうね。で、このたび暇だったのでなんとなく考えてみました。

さて、「意味」という言葉は 2 つの使い方をするんじゃないかと思います(熟考してないのですけど)。 一つは定義された言葉が持つ意味。もう一つは行動やそれに伴う結果が持つ実利じゃないでしょうか。後者は例えば物を置く行動や、それに伴って置かれた物がどんな実利を産むのかという話です。

「生きる」とは後者になるでしょう。即ち「生きる意味」とは生きることや生きたことで産まれる実利ということなのでしょう。

さて、ここまでは言葉遊びのようなものでしたが、ここから先は個々人の価値観でしょう。僕の場合は幸福です。まぁ実利というならこれくらいしか思い浮かびません。例え誰かの幸せのために生きるのだとしても、その誰かが幸せである状態を感じて自身が幸福であるのでしょうから、やはり自身の実利ということになると思います。これが誰かの幸せではなく例えば未来を見ていたのだとしても同じでしょう。

そしてここから鬱展開。果たして僕は幸福か否か。現状はまぁ幾ばくかの幸福があるのだと思います。 38 歳、うつ病ニート、引き篭もり、デブ。ろくでもないステータスばかりですが、それでも投薬治療で比較的良好な精神状態を持って両親とともに暮らして三度の飯が食えるのは幸福です。そして将来的にどうなのかと考えると面白くはありません。前述のステータスが明るい未来につながっている可能性は低い、または比較的低いと言わざるを得ません。もちろん希望がないという事態は存在しないでしょうから、それを期待する気持ちはあります。だから現状、絶望感が自殺の恐怖を乗り越えてはいないのです。

ちなみに、うつ病の症状が比較的重くて絶望感ばかりが募る毎日を過ごしていると自殺の恐怖という防波堤のてっぺんが見えてきます。僕はそのてっぺんを越えることがなかったので自殺を実行してはいないのですが、自殺に踏み切る人の気持ちは少しだけ分かります。ちなみにちなみに、僕としては「自殺を止(と)めるんならお前が責任もって幸福に導いてやるんだろうな?」という思いです。

と言うワケで生きる意味について僕なりに考えてみました。生きる意味について考えることはさほど人生に影響のある行為だと思わないのですが、中二的にそんな話題を振られた時くらい役に立つと思いますので参考にされてみると良いかもしれません。

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