読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

camellia の日記の時間

日記や思うところなど日常の何かを書いています。

camellia の日記の時間 は kisaragi-mint の日記へ移行しました。

報道は真実を伝えない

いろいろ

新聞と会議

新聞とかニュースとか一応は真実を語っていると仮定しても全てを語っているわけではないのは周知の事実ではないでしょうか。分かりやすい例で言えばニュースで政治家の発言を作為的に悪感情を持つよう編集して放送するなどです。この例では偽りは言ってませんよね。ただし全容を知ることができないため真実を知ることができない事になります。

上述の例ではネットニュースなどで発言の全容を伝えるものがあるのでネットニュースを読んでいる人なら全容を知ることができるかと思います。でもネットニュースにならない事についてはやはり全容を知ることができないわけです。

ここに至ってはもう新聞やニュースの記者に伝わる情報が偽りである可能性は十分に考慮できることであり、こうなってしまえばシッチャカメッチャカです。はっきり言って新聞もニュースも信用に値しないものであり、真実を知ることは不可能であると言えます。

そういった意味では複数のメディアや発表されている統計情報などから多数の情報を得て真実を見極める力が要求されることになり、ごく一般的な人達には難しいことになると思いますし、前述のように真実を見極めるにしても多くの事柄についてそれを実行するのは難しいと言えるでしょう。

このあたりを踏まえて考えるなら新聞やニュースの情報を元に議論したり騒ぎ立てたりすることは無意味どころか悪影響にすら成り得ます。なのでこう言ったことについてはこんな報道がされていると捉えるのみに留め、新聞やニュースの報道を真実と捉えないことが重要なのではないでしょうか。

こんなふうに言ってしまうと「真実を知ることができないならどうすればいいんだよ」って話になりそうですが、これはもうどうすることもできないが正解じゃないでしょうか。ただ真のジャーナリズムが育まれて維持されるよう全容を含めた真実を語らない報道に踊らされないように民衆としての厳しい目を持つことが大切だと思います。

広告を非表示にする