camellia の日記の時間

日記や思うところなど日常の何かを書いています。

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僕が悪いことをしても怒らないで欲しい

ちょっと待って。考えもみて欲しい。

僕は父と母の遺伝子から作られ、そこで先天的な性格を得て産まれた。その後は両親や祖父母、近所の人達や学校の先生に友達、それに社会情勢とかいろいろな影響を受けて育った。大人になってからも僕は周囲の環境から影響を受け続ける。結局のところ僕は自分自身で考えて行動しているようでいて、影響を受けた様々な環境の総合的な形として言動をしているだけ。

いいさ、栄誉や富を得たのなら環境(社会)に還元しよう。でも誰かや社会に害を与えたからと言って僕に怒ったり刑を与えたりして不快な思いをさせないで欲しい。だって僕のせいじゃないだろう?僕に影響を与えた環境が僕にそうさせたのだから、僕の意思による言動のようでいて実は環境がそうさせただけなんだから。悪いのは環境じゃないか。

例え僕が麻原彰晃と名乗ってサリンをぶち撒けたとしても同じことだ。僕のせいじゃない。環境がそうさせただけなんだ。もし松本智津夫氏が天皇家に産まれていたらサリンをぶち撒けただろうか?そんなはずはないと想像するのは容易いだろう?やっぱりそうだ、環境が悪いんじゃないか。

だから、だ。

僕が現状で貧乏な家庭にニートとして暮らしているにも関わらず浪費癖が治らないとしても僕のせいじゃない。そもそも僕に浪費癖があるのは僕のせいじゃない。環境が僕に浪費癖を与え、環境が僕の浪費癖を治さない。浪費したって僕が悪いんじゃないんだ。環境が悪いだけなんだ。怒るなら環境を怒って欲しい。

と、さんざん吠え散らかしたのだけど。

上述は本音なんだけど建前としてはまた少し別の角度から見た真面目っぽい話になる。犯罪者は憎まれるべきなのか?それは犯罪者が悪だからなのか?犯罪者はいつから悪になったのか?産まれた時から悪なのか?それなら母親が身籠った時に母親を捕まえて無理矢理堕胎させれば世は平和なのか?それは正義なのか?そんなこと在り得ない。そんな正義なんて犬に食わしちまえ。

今は犯罪者だとしても、そもそも人並みの幸せを享受するべく産まれてきたはずじゃないか。ただ両親の遺伝子と環境がそうさせたんじゃないか。両親の遺伝子に文句を言っても仕方ない。じゃぁ環境に問題があったはずで、責任は環境を成す社会にあるはずだ。だからそう、犯罪者の犯罪は社会全体で責任を感じて責任を負わなくてはならない。論理的に考えるならそれが道理というものだろう。

「罪を憎んで人を憎まず」。それは綺麗事なんかじゃない。当然そうして然るべき事なんだ。だって犯罪者を作ったのは社会じゃないか。その社会を成す一員である我々が犯罪者を憎む権利なんて持っているはずがない。だから。だから罪をこそ憎むべきなのだ。

そんなわけだから、僕が障害厚生年金による収入以上にお金を使ったからって起こらないで欲しい。怒って僕に不快な思いをさせないで欲しい。僕が悪いんじゃないんだもん。僕のせいじゃないんだもん。許してよ。

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