camellia の日記の時間

日記や思うところなど日常の何かを書いています。

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死は救い

昔はについてとにかく忌避すべきこととして認識していました。理由はなく「なんとなく」とか「本能的に」とかそんな感じです。それが、うつ病になって苦しくて死にたいと切に願ったことや、虚無でやる気のない毎日を過ごしたことで考えさせられ「自分は生きたいのではなく死にたくないだけ」なのではないかと思い始めた、または気付かされたことで価値観が変わりました。死は救いである、と。

「救い」などと言うと大袈裟に聞こえてしまいますが、要は死を忌避しないと言うようなことでしょうか。死ぬことで幸も不幸もなくなってしまいます。だから現状の自分について幸と不幸を天秤にかけ「不幸が勝るなら死んだ方がいいんじゃない?」と思うのです。もちろんそのあたりには将来的な展望も含めて考える必要があるでしょうけれど。

死を忌避しないとは言うものの、しかし死ぬのは怖いしイヤです。死にたくないです。ただ、それは本能的な死への恐怖だけなんじゃないかと考えています。自分が死んでしまった時のことを想像してみても悔いはないのです。だから例えば、予見できない隕石が頭にヒットして一瞬で死んでしまえるなら何も問題はないのかな、と。

これはあくまで想像なのですが、世の多くの人は「自分が生きたくて生きているのではない」のにそれを自覚してないのではないかと思うのです。だから刷り込まれた死への忌避感を取り払って生きることや死ぬことについて考える時間を持てたなら死は救いであると共感する人は大勢いるのかもしれないな、と思います。もちろんこれは価値観ですから共感できない人も大勢いるでしょうけど。

それにしても、こんなことを考えている自分というのは、日々地道に行きている人と比べて「地に足がついていない」だろうことが伺い知れます。まぁ、普通は経験しないだろうことを経験してしまったので、それはそれで仕方ないのかもしれませんが。

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